友人が続けてきたInstagramのアカウントを、私が引き継ぐことになりました。「定食王」という名前のアカウントです。プロフィールには「定食王に俺はなる」と書かれています。冗談のような名乗りですが、そこに並ぶ投稿を最初から読み返すと、これがまったく冗談ではなかったことがわかります。
318枚の記録
2016年から、およそ10年。投稿は318件を数えます。訪れた店は240軒。東京が中心ですが、鎌倉にも、松山にも、福岡にも足を運んでいます。旅の途中で見つけた一軒、勤め先の近くにあった一軒、何年も通い続けた一軒。それらが日付順に、静かに積み上がっています。
書かれていたのは、味の評価ではありませんでした。ご飯の水分量がちょうどいいこと。小鉢と味噌汁とご飯が、一膳として釣り合っていること。卓上に置かれた自家製のふりかけが、最後の一口までを楽しませてくれること。目を向けていたのは、いつも皿の上の主役ではなく、その周りにあるものでした。
福岡・天神の老舗を訪ねた回に、こんな一文があります。
「一膳には、その土地の文化と、人の想いが詰まっている。」
初期の投稿は一行だけのものも多く、写真とハッシュタグしかない日もあります。それが年を追うごとに長くなり、店主の経歴や、店の年月や、その日の自分の体調にまで及ぶようになっていきます。10年かけて、食べる人から、記録する人に変わっていったのだと思います。
引き継ぐという選択
友人ががんを患い、活動を続けることが難しくなりました。
アカウントをどうするか、という話になったとき、私は引き継がせてほしいと申し出ました。惜しかったからです。240軒ぶんの記録が、誰にも参照されないまま流れていくことが。そして、そこに写っている店の多くが、いま静かに数を減らしていることが。
定食は江戸時代から続く日本の食文化です。一汁三菜という型を持ち、外食でありながら、家庭の食事にいちばん近い形をしています。町の食堂まで含めれば、日本にはおよそ4万軒の定食屋があるといわれます。しかしその経営者の8割は50歳以上で、後継者が決まっていない店は7割を超えます。2024年の飲食店の倒産は894件、過去最多でした。
そして、美味しい店ほど宣伝が得意ではありません。これは定食屋を巡っていれば誰でも気づくことです。行列のできない名店が、路地の奥に当たり前のようにあります。店主は料理をつくることに時間を使っていて、それを外に伝えることには使っていない。だから知られないまま、閉まっていきます。
定食から、日本の暮らしを次世代へ
TEISHOKU MEDIAは、その引き継ぎとして始めました。まず手をつけたのは、定食王が紹介した240軒をデータベースにして、誰でも探せる形で公開することです。日付順に流れていくだけだった記録を、地域から、料理から、たどれるようにしました。10年ぶんの記録が、ようやく「使えるもの」になります。
私たちがやろうとしているのは、名店を発掘して話題にすることではありません。すでにそこにある店が、必要な人に見つかるようにすることです。今日どこで昼を食べるか迷っている人と、その人を待っている一軒とを、つなぐこと。それが続けば、店はもう少し長く続きます。店が続けば、その味も、その土地の食卓の風景も、次の世代に渡ります。
投稿のなかに、こんな一節がありました。
「派手さはない。」
定食屋のことを書いた言葉ですが、私たちがこれからやることの説明にもなっています。派手なことをするつもりはありません。一軒ずつ訪ね、一膳ずつ記録し、それを残していく。友人が10年かけてやってきたのと、同じやり方です。
定食から、日本の暮らしを次世代へ。ここから始めます。